太平洋戦争中にデコイとして台湾・澎湖諸島に巨大ニセ砲台が建設→2003年に地元政府が歴史建築として保存→見に行ったらシュールすぎる!


澎湖諸島のダミー砲台(西台餌砲)。

台湾の澎湖諸島は中国大陸と台湾を隔てる台湾海峡にある要所で、日本なら沖縄、アメリカならハワイといったポジション。清時代や日本統治時代に建設された 要塞・砲台が数多く残っており、一部は文化遺産として保存され観光地化されている。その澎湖諸島に太平洋戦争中に建設された巨大なニセ砲台・西台餌砲(外垵餌砲)があるというので訪問してみた。

台湾の夜行フェリーに乗りたくてたまらないので台華輪のシャワー付4人個室・頭等艙で高雄から澎湖諸島・馬公へ!
台華輪・高馬線のフェリー。 東京は長距離フェリー不毛の地だ。
澎湖諸島までは高雄発の台華輪のフェリーを利用して早朝に馬公へ到着。



西台餌砲のある西嶼郷へは、澎湖諸島の中心部である馬公から白沙郷を経由してグルっと回り込まないと行くことができない。

離島と言えば沖縄と同じく原付での移動が便利。馬公港にありagodaで3600円くらいで予約できた地元4星ホテルの澎湖和田大飯店では隣の原付レンタル屋と提携しており、国際免許証があれば2日間500元といった料金で借りることができた。



白沙郷と西嶼郷を結ぶ澎湖跨海大橋。



西嶼郷の端っこになると標高が高くなって景色もすばらしい。

Google Mapsの検索だと馬公港から西台餌砲まで35km、47分と出ていたが、原付だと休み休みで1時間半くらいかかる。



高台に草原が広がるエリアに外垵餌砲(Wanian Fake Cannon)と書かれた看板を見つけることができた。



これがニセ砲台か!

八角形の砲塔(?)に2本の主砲身が伸びており、全てコンクリートでできているのがはっきりとわかる。周りは大きな水たまりになっていて近づくことはできなかったが、35.6cm砲や41cm砲といった感じだろうか。

全体は灰色のコンクリートになっているところ、地面と接するあたりが茶色っぽくなっているのは、恐らく水と接して崩壊が進んでしまったので2000年代になってから保存のために補強したのではないかと思われる。水に浸かって色が変わってるだけかもしれないが。



説明書きを見ると、第二次世界大戦中にデコイとして建設された偽物の砲で、砲塔部分は高さ3メートル、幅5.35メートル、砲身は6.13メートル、砲身間は3.16メートル。文化資産保存法に則り、2003年12月11日に澎湖県政府によって歴史遺跡に指定された、といったことが書かれていた。



ニセ砲台の隣にはなぜかデッキらしきものが建てられている。



展望デッキなのかと思って上ってみたが、海方面はあまり見えない。

ニセ砲台を見学するためだけにわざわざこんな立派なデッキを建設したということなのか。観光客もほとんど来ない僻地なのに。



辺り一面は草原が広がるのみで何もない。

風で草が揺れる音のみが聞こえる平原でコンクリート製のニセ砲台が中国大陸方面を睨んでひっそりと佇む姿はシュールすぎる。

100年前に作られた!? 西嶼餌砲の秘密
西嶼にある灯台を目指す高原のような道の途中、左側の草原のなかに「西嶼餌砲(xī yŭ ĕr pào|シーユー アーパオ)」と呼ばれる軍事遺跡があります。餌砲は、英語ではFake Cannon(=偽物の大砲)と呼ばれており、その名の通りニセモノの大砲のことです。 未だにほぼ完全な形をしていることに注目 西嶼餌砲はコンクリ...
調べてみると、このニセ砲台が建設されたのは太平洋戦争中にアメリカの航空機に対するデコイ目的ではなく、なんと第一次世界大戦後のワシントン海軍軍縮条約で保有制限となった戦艦の砲を陸上砲台に転用したことにするアリバイづくりのために建設されたという説もあるようだ。

澎湖諸島の要塞・砲台は基本的に日本陸軍が建設・拡張しているが、建設されたのが軍縮条約由来であるなら日本海軍が建設したものということになるのだろうか。100年前のコンクリートの塊が未だにきれいに残っているというのも面白い。

ただし、条約により建造中止となった加賀型戦艦の41cm砲塔は対馬や釜山の要塞砲台として再利用されているが、条約により澎湖諸島のさらなる要塞化は禁止されたので、偽物の砲を追加で設置する理由がよくわからず、この説も正しいのかどうかイマイチ納得できない部分はある。



西嶼西台の砲台。

西嶼郷には他に、漁翁島燈塔(西嶼燈塔)という灯台、西嶼西台や西嶼東台といった砲台跡がいくつか残されていて見どころ満載。
タイトルとURLをコピーしました