2014年05月24日(土)

艦これ公式コラボ来るか?周防大島の陸奥記念館 この沖に沈んでるんだね

艦隊これくしょんにも登場する戦艦陸奥の遺品などを展示した山口県の周防大島(すおうおおしま)にある陸奥記念館。

何か話題になっているのを見つけて周防大島の情報を紹介するサイトにアクセスしてみたら、知らない間に「集え!艦これ提督たちよ!」というキャッチコピーと艦これの陸奥の画像が追加されてて、何だこりゃ?と思ったので陸奥記念館がどんな場所かを紹介しておこう。


周防大島の陸奥記念館。

入口付近には戦艦陸奥の艦首錨と錨鎖が置かれている。



陸奥記念館の館内は船っぽい形をしており、1/3がおみやげ屋や資料コーナーで、残り2/3が有料の博物館になっている。



中に入るとショーケースの遺品や当時の写真がズラっと展示されていて戦艦陸奥に関連したものだけでこれだけあるのかと圧倒される。遺書などご遺族の一部のものを除いて撮影も可能。



進水当時の写真。



大正時代に改装された戦艦陸奥の模型。S字っぽい屈曲煙突が特徴的でこれによって煙が艦橋方向に逆流するのを防げるとか。



1936年に近代化改装された後の1/100模型。



1/500模型で左下から左上に、戦艦陸奥、重巡妙高、戦艦大和。右下が駆逐艦秋月、右上が空母赤城。

近代化改装後の全長が224.94メートルで、263メートルの大和に迫力は負けてない。




士官の夏服や兵曹長の冬服。スプーンにランチ皿なんてのも展示されている。




1943年6月8日、広島湾沖柱島泊地に停泊していた陸奥は第三砲塔付近から白煙を上げ、火薬庫が謎の大爆発を起こして沈没してしまう。1000人以上の乗組員を懐に抱えたまま。



周防大島あたりの海と、ボッキリと真っ二つに折れている模型からその悲惨な様が再現されている。




1970年に深田サルベージ株式会社によって引き上げが行われ、その時の艦体や砲塔の写真や、その他の遺品が展示されている。

この引き上げが行われた場所が現在、陸奥記念館が立っている場所になっている。



現在でも約25%はまだ沈んだままになっており鎮魂のために水中慰霊が多なわれることもあるとか。

たまにダイビングで潜る人もいるようだが、水深40メートル付近はアマチュアで潜れる限界で難易度は高い。



水兵モデル室。陸奥の船内の再現というよりはイメージレベルのもののようで。

この他、歴代艦長の写真やビデオコーナー、引き上げに使われた潜水服など様々なものが展示されていた。



陸奥記念館の入場料は430円で、隣のなぎさ水族館とセットで580円。




水族館としてはかなり小さいがオノミチキサンゴなど近海で見られる魚やサンゴなどを見ることができる。



陸奥記念館の裏側。

隣はキャンプ場になっており炊事場やシャワーなどの施設も。



海沿いには錨や艦橋を模した柵が。



なぜここに置かれたのかわからなかったが、海上自衛隊の対潜飛行艇のPS-1も。



陸奥公園海水浴場案内図という看板を見てみたら、陸奥記念館は以前は国道437号線の反対側にあったようで、調べると国道の改修と一緒にキャンプ場の隣に移された。現在の陸奥記念館の入口には古い建物の表札と鬼瓦も展示されている。



陸奥記念館の近くには艦首、副砲の50径14センチ砲、スクリューが置かれていた。

引き上げられた41センチ主砲、スクリューや主舵は大和ミュージアムで見ることができ同人誌でも紹介。他にも全国に散らばっている。




旧日本海軍の戦艦は錨や砲身などは全国でいくつか見てきたが、艦首はほんの鼻先程度しかないがようやく艦体の一部を見ることができ当時の姿を想像することができた。



「方向 約3km」と書かれた矢印が陸奥が眠っている方角を示していた。

陸奥記念館で見た地図と方向が微妙に違う気がするのだがあまり細かいことは気にしない方がよいのかもしれない。海岸に降りてみると白砂で空も海も澄み渡っていた。



防予フェリーで伊保田港に着く。

陸奥記念館は瀬戸内海ではかなり大きい周防大島の端っこの方にあり、山口県のくせに四国から行ったほうが楽なんじゃないかというくらいの僻地にあり、松山の三津浜港発から1日4往復のフェリーで伊保田港に行きそこから徒歩でアクセスした。松山空港から三津浜港までが若干面倒だが、成田からジェットスター・ジャパンで片道5000円前後で松山まで行けるので、途中に松山PRアニメ「マッツとヤンマとモブリさん」の三津の渡しを利用しながら日帰りだった。金があれば岩国空港にANAで行くのもよいし、春秋航空日本が広島空港に就航したら広島からバスも選択肢に入りやすいだろうか。


冒頭の周防大島ドットコムのサイトでは艦これの陸奥の絵が貼られていたが、再度アクセスしたら特にアポイントメントなどを取ったわけではなく画像も削除されていたので、公式タイアップが水面下で進んでいるのか?と思ったらそういうわけではなさそうでひとまず直近では望み薄だろうか。

ちなみに、行動様式をどう呼ぼうが自由であるというのを断った上で、アニメやマンガなどのロケ地を訪れる舞台探訪について「聖地」「巡礼」などと宗教を彷彿させる言葉ではやしたてるのは誠に忍びないという思いから「聖地巡礼」という呼び方をしないようにしている。艦これも同様で、艦これ史跡探訪と言っているが気の利いた呼び方は思いつかない。旧日本海軍関連施設は特に亡くなった方の慰霊碑や遺品なども多いためより一層注意する必要がある。舞台探訪でも時折マナーが問題になることがあり、周防大島は艦これで興味を持った人もウェルカムみたいな感じだが、間違ってもハメを外すことのないよう粛々と当時を偲んでほしい。



艦これの秘書官はプカプカ浮いているように微妙に拡縮するので、陸奥を秘書官にしてしまうとそのうち拡大しまくって爆発してしまうんじゃないかと心配してしまい、秘書官にはしないようにしてたが、生まれた当時は軍縮でアメリカ提案の廃艦リストに突っ込まれていて一悶着あり、そして現在でも原因が解明されていない謎の大爆発で無念の障害を遂げた波乱の生涯を知るともう少し愛でてあげたいという気持ちになってくる。

毎年6月8日に慰霊祭をやっているようなので艦これで気になった人はこの機会に行ってみるのもありかもしれない。

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